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2007/07/30

台湾紀行⑱「シンクロ」

「滞在18日目」

ようやく体調が上向いて来た!

牛丼が効いたのか、はたまた「こころ」が効いたのか?

とは言うものの、まだ全快してはいないので大事をとり日中は休息とした。

テレビをつけてみた。

浜崎あゆみのプロモーションビデオが流れていた。

チャンネルを変えてみた。

平井堅のプロモーションビデオが流れていた。

チャンネルを変えてみた。

日本企業のコマーシャルが流れていた。

テレビを消す事にした。

さっきまでと同じ、冷蔵庫のジィ〜というモーター音だけが微かに聞こえる。

試しに窓を開けてみた。

北京語とバイク音がミルフィーユ状に交じり合っていた。

しばらく窓を開けておく事にした。

ちなみに家の前には公園がある。

大木が風に揺れて時々騒めく。

北京語とバイク音と大木の騒めき。

そして、ほんの少しのジィ〜という音。

小腹が減った私は「モスバーガー」へ。

ここ最近の日本食ブームは、やめられないとまらない。

「モスバーガー」と「海老カツバーガー」を食す。

悪くない、でも何か足りない。

これ、今の私の課題でもある。

130元(約520円)支払い、ドラッグストアへ。

下熱したものの喉の痛みが日増しに強くなっていた為、新たな薬を求めていた。

そんな中、薬剤師が勧めてくれたのは「トローチ」。

「アメちゃん舐めたぐらいで喉が治ったら苦労せんわっ!」と腹の中で思いつつも、一先ず従ってみた。

「あれ?治った…。」

3粒舐めた時点で、喉が痛かった事すらすっかり忘れていた。

要、日本持ち込み!

回復した私は日本食ブームを払拭出来ず、日本式焼肉「乾杯」へ。

7時半に行って、入店出来たのが八時半な程大盛況だった。

店内の雰囲気は、「大学生の新勧コンパ IN つぼ八」的なもの。

時間毎にイベントも用意されており、「缶ビールの早飲み」なんかもある。

日本で「イッキ」を奨励する店のイベントはまずありえないが、こちらではアリアリである。

そして我従弟も参戦し、見事優勝!

な〜んかいい気分!

そうそう、台湾人は隣席客とも気軽に話す。

日本人のように変な警戒心をあまり持たない。

民族性の違いもあろうが、気付けばデジカメで互いを撮りあう仲にまでなっていた。

日本でこれぐらいフラットな人間関係を短時間で築ければ、どんなに心地良い事か。

夜な夜な聞こえて来る「カンパァ〜ィ!」の響きは、いつしか全ての音にシンクロしたように感じた。

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2007/07/22

台湾紀行⑰「本日の私の主成分」

「滞在17日目」

異国の地での闘病生活も3日目に突入した。

台湾独特のネットリとした空気が、微熱を帯びている体に妙にへばり付く。

そんな私の体は、ここ最近「クスリ」に蝕まれている。

何せ「パブロン」と「バファリン」を貪るように飲んでいるのだから。

何か行動を起こす気力もないが、さりとてずっと寝ている程衰弱もしていない中途半端な私は、空港で購入した漱石の「こころ」を読み始めた。

「こころ」は高校で習って以来、数年スパンで読み返す程好きな作品。

その時その時で感じ方が面白いように変化する。

半端病人の私は、暇人パワーで一気に半分まで乱読した。

読んだ事のある方ならわかると思うが、これは途中から自殺した通称「先生」の「遺書」となる。

正直、異国の地で衰弱している私には重過ぎた…。

あんなに大好きな作品が、こんなに重くのしかかって来るとは!

本を閉じた時点で、早くも夜の8時。

この日、一食もとっていない事に遅ればせながら気付いた私は、這うように外出した。

在台以来、一度も日本食と縁が無かった私がどういう訳か「吉野家」へ。

最近日本でも米産牛が解禁になった事もあり、ようやく牛丼が復活したが、果たして台湾吉牛は!?

こちらの吉牛はセットのみで、牛丼にジュースと小皿(オクラの小鉢など)、それとオプションで生卵を付けて105元(約420円)だった。

味も若干日本のそれに劣るものの、普通に美味しかった。

ただ紅生姜が刻み生姜でなく、寿司の「ガリ」を甘辛くしたようなものだったのが残念だった。

「パブロン+バファリン+牛丼=未だ絶不調」

本日の私の主成分。

いくらバファリンの半分は「優しさ」で出来ているからといって、そうそう甘えてもいられない!

明日こそジャンクな生活から抜け出さなければ。

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2007/07/17

台湾紀行⑯「素食」

「滞在16日目」

非常に残念ながら、今朝もまだ体調が良くない。

お粥&気功パワーならず…。

許先生の言いつけを破り、チョッピリ台湾ビールを飲んだのが原因か?

はたまた、姿勢を90度に保たなかったのが敗因か?

そんな事を自問自答しながらまどろんでいると、「久々に昼飯でもどうよ?」なんて誠から連絡が入る。

着替えるのも億劫になっていた私だが、寝巻きの上に黒のステンカラーコートを羽織り、彼の待つオフィスへと向かった。

誠が連れて行ってくれたのは「サンシーダオシャオミェン」という店で、昼時という事もあり、店内はビジネスマンで大賑わいだった。

ここは刀削麺(麺の塊を中華包丁で削るように切る)の店で、中でも「トマトスープの刀削麺」は絶品との事。

確かに周りを見渡すと、これ以外を食べている人を見つける方が難しい。

この店で刀削麺を食べないのは、行列の出来るラーメン屋で餃子のみオーダーするようなものだろう。

したがって、大至急トマト刀削麺をチョイス。

それと、これまた店で人気の豚の唐揚げ、「パイグー」もオーダー。

「お〜、こりゃ美味いっ!」

刀削麺は、スープパスタのようなあっさりしたトマトスープに、まるで餅を食べてるんじゃないかと錯覚を起こす程にモッチリした麺。

パイグーは薄く伸ばした豚の唐揚にシナモンなどの香辛料をまぶしてある、口当たり良いものだった。

可々、不調と言いつつガッツリ完食してしまう食いしん坊な私…。

体も温まったところで誠と別れ、しばし昼寝タイムに突入するも、1時間で高熱の為目覚める。

薬を飲み二度寝…。

もうこうなると、ここが日本だか台湾だか、はたまた夢の国だか分からなくなって来た。

そんな朦朧とした昼下がり。

既に外出するテンション10%未満だったが、夕飯を台湾の友人達と約束していたので、気合で着替える。

向かった先は、「衆流素食(チョンリョウスーシー)」という「素食」の名店。

素食とは、肉や魚などの動物性のものは一切使わず、野菜や豆、海草などの植物性の材料のみで作る「精進料理」の事だ。

見た目も味も本物そっくりの酢豚(肉は「大豆」で作っている)など、何回「へぇ〜!」を連発したかわからない。

特に「へぇ〜!」だったのは「刺身」だ。

「コンニャク」で作ったマグロは不思議な触感だったし、貝などは「キノコ」で作ったとは到底思えない程の出来栄えだった。

しかも、こちらの料理長を始め、スタッフのきめ細かいサービスはいつまでもいたくなるようなアットホームなもので、本当に居心地の良い一時を演出してくれた。

ベジタリアンの方、是非!

非常に楽しい夕食だったが、体調が完治していなかったので早々に帰宅した。

焦ってもしょうがない、今宵は台湾ビールを諦めてゆっくり静養する事にするか!

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2007/07/07

台湾紀行⑮「気功パワー」

「滞在15日目」

かなりヤバイ!今朝は体調がすこぶる悪い!特に腰が尋常じゃなく痛い!

来台以来、飛ばしまくっていたせいだろう…。

そういう事で、今日は終日オフにし、急遽「気功マッサージ」へ行く事にした。

ここは知る人ぞ知る診療所で、先生は昼間はサラリーマンで夜だけ特別に診察しているという。

ちなみに、診療所には看板一つ出ていない。

恐る恐る扉を開けると、薄暗い殺風景なガレージを改造したような佇まい。

「・・・おいおい、ここマジで診療所なの?」

例えるなら、タランティーノの「レザボア・ドッグス」的な雰囲気。

段々目が慣れて来ると、ふんだんにお供え物がしてある神棚と、独特のお香の匂いと煙が立ち込めている事に気付かされる。

体調が良い時なら大至急失敬する所だったが、そんな気力もなく、ただただあっけにとられる私。

「二ィ〜ハォ!」

煙の中からまるで仙人のように突如老夫婦が姿を現した!

こんな昔の「川口浩の探検隊」でも中々無いような絶好のシチュエーションで登場したのは、「許夫婦」。

個人的にはチャイナドレスを着ていて欲しかったが、何て事はない、お二人共極々普段着だった。

神棚前にあるパイプ椅子に促され、幾つか質問された。

「いつ痛い?」

「どこ痛い?」

「なぜ痛い?」

何で痛いか分かっていたら苦労しないわけだが、そうも言ってられないので真摯に答える私。

ただ謎だったのは、以上の質問は全て「奥さん」がしてきて、肝心の先生である旦那は何も聞いて来ない。

沈黙する事数秒、先生は何か悟ったかのように腕捲りを始め、私に上半身の衣服を脱ぐよう指示した。

何だか、渋谷あたりのキャッチに騙され、AVか何かに出演させられてしまった気分。

そんな妙な緊張感に包まれた中、診察は始まった。

茶色の漢方ライクな謎の液体を体に塗り込みながら、許先生は指圧のような動きをひたすら繰り返す。

たいして力を入れるわけでもなく、ソフトタッチで患部を治療する先生。

ここまでは普通のマッサージと何ら変わりなく、ただ謎の液体の異臭だけやたら気になった。

しかし指圧する事数分、異変が起きたのだ!

ナント、驚いた事に先生の手が異常なまでの熱に帯びて来たのだ!

「こ、これが気功パワーか・・・!?」

手から発せられる熱と異臭で浮遊する私。

それからどのぐらい時が経過したのであろう、最終的に湿布を張られファースト・トリップは終了した。

最後に、これまで一言も発しなかった先生から甲高い声で、

「ビール飲んじゃダメ〜!キュウリ食べちゃダメ〜!メロンもダメ〜!足組んじゃダメ〜!座った姿勢90度にしなきゃダメ〜!」

と有難い5つのダメ出しを頂戴した。

一時はどうなることかと思いきや、不思議や不思議、帰る頃には体が軽くなっていた。

許先生、恐るべし!

その後、ここまで来たらとことん体を労わろうと思い、「お粥街」にある「無名子」という店へ直行した。

台湾のお粥は、定食屋のように小皿料理が沢山あり、それらをおかずに頂く。

この店のお粥にはサツマイモが入っていたのだが、ほんのり甘みがあり癖になる美味しさ。

朝から何も口にしていなかったせいもあり、ひたすら黙々と粥をすする私。

5種類のおかず込みで、350元(約1400円)は納得の価格。

いやはや、それにしても、滞在半月にしてくたばってる場合ではない!

今宵は、許先生には内緒で台湾ビールをチョッピリ飲んで眠る事にするか。

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2007/07/01

台湾紀行⑭「一人麻雀」

「滞在14日目」

今日は夕方までのんびり村上春樹の「海辺のカフカ」を読む。

17時過ぎに誠から連絡があり、急遽台北駅前の三越で待ち合わせる事になった。

待ち合わせ場所に行くと、誠の台湾の友人達が笑顔で迎えてくれた。

ただ合流したものの、目的地は決めていなかったので10分ぐらい立ち往生。

台湾っ子達は散々議論した挙句、三越の真裏にある「台湾故事館」へ連れて行ってくれた。

ここは1960年代の台湾を復元したアミューズメントパーク(…と言っても、特にイベント物があるわけではない)で、食事が出来るスペースもある。

台湾っ子達は何故か昔の学生証を携帯しており、何食わぬ顔して「学生料金」で入場!

どさくさに紛れて、どう見ても学生には見えない私までも150元(約600円)で突入!

入館すると日本映画「オールウェーズ 3丁目の夕日」の看板があった。

60年代の台湾はまだ日本の面影が色濃く残っており、台湾のご年配の方々があの映画を見ても幾多の郷愁が去来する事だろう。

そんなノスタルジックな館内をブラブラした後、フードコートで夕飯を食らう。

こちらに来て既に1ダースは飲んでいるであろう台湾ビールで乾杯。

台湾っ子達は皆海外留学経験者で、工業デザイナー(加のトロント)や、ホームページのディレクター(米のラスベガス)などバラエティーにとんでいた。

基本的には皆北京語だが、私に気を使って英語と日本語で話してくれた。

それにしても、日本語の普及率は非常に高い。

来台して以来、多くの若者が日本語を操る事に驚かされてきた。

また留学も日本以上に盛んで、多くの台湾人がアメリカやカナダ、イギリスに留学するという。

北京語、台湾語、英語そして日本語まで操る彼らは、今後の台湾を担っていく存在となろう。

もちろん、留学するのには様々な理由がある。

例えば国連に加盟出来ない事を始め、国際社会的にクリアせねばならない事が多いし、中国(大陸)との緊張関係が増加してる状況下で、「国家」としてのナショナルアイデンティティーを否応無しに突きつけられている。

その為、台湾のアッパークラス(ホワイトカラー)の子弟は、今後どうなるか想像がつかない混沌とした状況を踏まえ、あえて留学するケースが多いのだそうだ。

ただそんな込み入った話をしているのに、「北京語・英語・日本語が飛び交うなんて、なんか『タモリの一人マージャン』みたいじゃん!」なんて不謹慎な事を考えてしまう私…。

退館後、お洒落な店が連なる「アンフールー」という通り沿いにある、「人間(北京語で「世間」という意味)」へ。

ここはかなり広々とした空間で、青山や西麻布辺りにありそうな店だ。

飲み物も変り種が多く、氷の上に小さいフラスコが21本突き刺さっているフローズンカクテルや、度数の高いアルコールに点火して楽しませてくれるサービスなど女性が喜びそうなものが数多く用意されていた。

薄暗い店内で、書きづらいながらも一所懸命筆談してくれる台湾っ子達には非常に好感が持てた。

難しい漢字を書かれると一瞬推理ゲームのようになるが、結局の所どこまで本気で相手に気持ちを伝えたいかという事に行き着く。

その為、日本人の「言わずもがな」は通用しないので、自ずとシンプルにまたダイレクトになって行く。

そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、平日という事もあって早めに解散した。

右脳と左脳を心地よく使った私は、家路に着くなり大至急ベッドに倒れこんだのだった。

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