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2007/06/23

台湾紀行⑬「ABC」

「滞在13日目」

今朝は松平さんの見送りの為、気合いで起床す。

見送り後、中山駅近くの「ウェンゾウダーフンドゥン」で海老ワンタン麺を頂く。

あっさりしたスープに歯ごたえのあるワンタンが4つも入っていて大満足だった。

それにしても、台湾はどこもかしこも本当に飯が美味い!

この調子で台湾に一年も住んだら、着実に確実に痛風になるだろう。

昼食後、中山駅から地下鉄で40分程の所にある「淡水」に行った。

ここは河口に開けた港町で、雰囲気としては横浜や神戸に似ている。

下車すると沢山の露天が軒を連ね、ストリートパフォーマー(…と言えば聞こえがいいが、怪しいマイムをやっている人や、エレクトーンに合わせて台湾の民謡を歌っているおじさん)もいたりして、のどかを絵に書いたような風情だった。

ウズラの卵焼きを串に刺したもの(20元=約80円)やイカの丸焼き(35元=約140円)をつまみながら、「紅毛城(ホンマオツェン)」へ。

ここは1629年にスペイン人が建設、その後オランダ人の手に渡り、1867年からはイギリス領事館となった。

小高い丘にそびえ立つ赤レンガのモダンな城は台湾にいる事を忘却させる雰囲気で、学生時代にスペインのグラナダに行った時の事を彷彿させた。

そうそう、故宮などの博物館にも言える事だが、殆どのそれで日本語表記がなされており非常に助かった。

紅毛城を堪能後、二時間ぐらいのんびりと対岸沿いを歩いていると不思議な音楽が聞こえて来た。

どうやら野外に特設された会場で死者を弔う儀式をしていたようだ。

そこからは一定のリズムで僧侶と思われる人がお経のようなものを唱えていた。

夕日が海面を照らす中聞こえて来るこの不思議な歌声は、日頃の憂き事を浄化するが如く心に響いた。

何となく地べたに寝そべってみた。

瞳を閉じてみた。

海風が頬を撫でた。

なんだか不思議と少し楽になったような気がした。

その後、「フィッシャーマンズワーフ」の埠頭にあるフェリーに乗ったのだが、これがまた気持ち良い!

船尾近くに立って海を眺めていると、まるでモーゼの「十戒」の如く、モーターが海を真っ二つに裂く。

船酔いする事もなく無事到着し、誠が待つ台北市内へ戻った。

今宵は週末のバースデーの主賓だった体育教師のチェリー(実はテコンドーでアジア選手権3位という事が発覚!)達と会食。

場所はナント、居酒屋「和民」!

台湾でも人気らしく、30分も待たされた。

メニューはほぼ日本と同じだが、値段はやや高め。

さて、今日の会食だが、新たな台湾の一面が知れて面白いものとなった。

特に印象に残っているのは、

「台湾では、レモンとライムの色が逆!」

「台湾では、『ABC』がモテる!」

の2点。

前者だが、台湾ではレモンの皮は「緑色」で、ライムの色は「黄色」なのだ…。

後者の「ABC」は、今台湾の若者の間では、「A」merican「B」orn「C」hineseという、「アメリカ生まれの華僑」がもてはやされているそうだ。

一昔前のいわゆる「三高(高身長・高学歴・高収入)」もやんわり人気のようだが、今は「ABC」が断然強いとか。

う〜ん、結局古今東西、女性は「ブランド」には弱いという事か?!

退店後、ブランド力に弱い私がカラオケでジャクソン5の「ABC」を熱唱したのは言うまでもない・・・。

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2007/06/17

台湾紀行⑫「疲れたら無理せず止まる。元気になったら少しずつ進む。」

「滞在12日目」

今朝は学が帰国という事もあり、やや早めに起床。

「土産でパイナップルケーキが欲しいんやけど〜!」という事で、地元で美味いと評判の店「リージービンディエン」へ。

その後、近所のバイキング形式の店で無難且つヘルシーなものを中心に食す(90元=約360円)。

学を見送り後、米粉(ビーフン)で有名な「シンツー」に行く事にした。

台北駅から各停電車に揺られる事1時間半、都会と田舎が混在する街に到着。

駅から3分程歩いた所に、「インイーメン」という1827年に創建された城門がある。

それを更に進むと市役所が見えて来る。

日本統治時代に建てられたこの建物は内覧可能だったので、少しお邪魔してみる事にした。

役所内は静まり返っており(仕事中だから当たり前?)、市長室前を通るも尋ねる勇気もなく(面識全くないんだから当たり前?)、大人しく退散した。

役所から更に10分程歩いたところに「シンツーツェンホワンミアオ」という寺院があり、その境内や周辺には多数の屋台が軒を連ねる。

こちらへ来て何度感じた事であろう、この国の屋台はいつ来てもいつ見ても楽しい!

お目当てのビーフン屋一つとっても無数の店舗があり、それぞれ手をかえ品をかえ千客万来を願う。

私は変に呼び込みをしている店を避け、本堂前の屋台でビーフンとこれまたご当地一押しの「すり身団子のスープ」を頂く。

両方共30元(約120円)とリーズナブルで、ビーフンは醤油とニンニクが効いていて美味かったし、スープは大根の煮汁をベースにしたなんだか懐かしい味がした。

それにしても、こちらの人々はフレンドリーな人が多い。

街で私達の話し声で日本人と分かると嬉しそうにこちらを見るし、店でも日本人と気付くと楽しそうに日本語で話しかけてくる。

もはや見た目が台湾人化している私にとってナショナリティーを感じる一瞬でもある。

その後、1時間ぐらい散策したであろうか「アツォンピンティエン」という地元の路面甘味処に入ってみた。

幾多のデザートがある中、一番シンプルな「パイナップルかき氷」をオーダー。

35元(約140円)の安さにも関わらず、チョモランマの様な氷の上に8時間かけて作るという特製シロップをタップリかけてくれる。

甘味と酸味のバランスが絶妙で、やめられないとまらない!

路面でしばらくボ〜っとしていたら、なんだか幸せな気分になった。

どうやら私は海外にいる時の方が上手く気分をコントロール出来るようだ。

疲れたら、無理せず止まる。

元気になったら、少しずつ進む。

調子にのってかき氷を食べ過ぎ寒くなった私は、老家屋が今も多く残る北門街の「アンズーチュィツァーファン」という茶芸館を訪ねた。

店そのものがかなり味のある風情で、店内には木漏れ日が優しく差し込む気持ちのいい空間。

何故か165元(約660円)もするジャスミン茶をオーダー。

冷えた体にスルリと入って来るジャスミンは、身も心も温めてくれた。

いつになく黄昏モード全開の私は、電車の時間が迫っているにも関わらず長居してしまった。

思わず「ぶらり途中下車の旅〜」と似てないモノマネをしそうなぐらいノスタルジー溢れる街、シンツー。

この街のお陰で、今宵はなんだかグッスリ寝れそうな気がした。

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2007/06/10

台湾紀行⑪「悲情城市」

「滞在11日目」

今日は飲み過ぎでキリキリする胃を労るべく、豆腐が美味しい街で有名な「センクン」へ行ってみる事にした。

ここは食通が足しげく通う店が多いらしく、狭い路地には何件もの豆腐関連の店が続く。

露天市の入り口には、厚揚げ豆腐を串に刺して焼いたものに、甘辛いタレとキムチを乗せたものが売っていて長蛇の列を成していた。

試しに購入してみたが、外はカリッカリ中はふんわ〜り、キムチがいいアクセントになっていた!

その後、台湾に来てから何度飲んだか知れないブラックタピオカ入りミルクティーを飲みながら、お目当ての豆腐店「センクンチースンミヤオコウシアオツー(長っ!)」へ。

この店からこの街の豆腐の歴史が始まったと言われる程の老舗だけあり、地元の人で溢れていた。

今まであまりの異臭の為敬遠していた「臭豆腐」や、「醤油ベースでシンプルな豆腐」、「小さく丸めた豆腐をカラッと揚げた豆腐」、また豆腐と並んでここの名物とされる「竹の子の炒め物」を食す。

ここまで豆腐のフルコースは初体験だったが、合成保存料を一切使用せず、大豆本来の甘みがする豆腐はどれも絶品だった!

特に「揚げ豆腐」は今までに無い食感で、皆競って食べた。

そうそう、台湾では万一料理を残した場合、全て無料でテイクアウト出来る。

さすがにスープをビニール袋に入れテークアウトするのを見た時は驚嘆したが、食を大切にする文化が生んだエコに感服。

それと気になったのが、こちらの飲食店の多くは飲料の持ち込み可という事。

コンビニで購入したであろう飲み物を持参している台湾人に、「こいつら大胆やなぁ〜!」なんて初めこそ思っていたが、最近は自ら率先して持込みする始末…。

満腹後、トニーレオンが出演した事でも有名な映画、「悲情城市」の舞台になった「チョウフェン」に移動した。

ここは戦前、金鉱街として栄えたものの廃鉱後は衰退したが、映画のヒットをきっかけに再生した街だ。

また最近では、「千と千尋の神隠し」の舞台にもなった石段や坂道を目当てに訪れる観光客も多いという。

やや急で細い坂を上って行くと、映画の舞台にもなった喫茶店、「アーメイツァーチョウクワン」に辿り着く。

ここのテラス席は周囲の山々や近海を一望出来る素晴らしいロケーションで、いつまでもいたくなる。

加えて店員が茶器の名前からお茶の入れ方まで丁寧に教えてくれるので、初心者にも気軽に楽しめる。

私達はお勧めの烏龍茶(ナント700元=約2800円!)を注文。

なんでも烏龍茶は、高山で栽培されたものの方が寒い気候の為葉が絞まり、甘味を増すという。

しかも普段飲んでいるような茶褐色のものでなく、色鮮やかな緑色だ。

山の下降から吹き込む風に当たりながら飲むお茶は、何にもまして贅沢だった。

穏やかな気分になった私達は、のんびり街並みを楽しみながら下山し、ゆっくり電車に揺られながら台北駅へ戻った。

下車すると生憎の雨模様。

足早にタクシーに乗り込み、夕飯を摂るべく台湾料理の名店「AOBA」へ。

ここは台湾料理の草分け的存在で、店構えもスタイリッシュ。

入店すると、日本人の店員(留学生)が接客してくれた。

一品目の「シジミの醤油煮」は半生のシジミを手掴みですする様に食べるのだが、大至急ビックサイズで再オーダーする程の美味さだった!

教訓:「カニとシジミは人を黙らせる」

その後、塩味でサッパリした味付けの「空芯菜」、上海蟹を贅沢に使った「カレー味のビーフン」、プルプルのナマコとシャキシャキの竹の子が面白い「ナマコと竹の子のあんかけ」、また「チキンのパリパリ焼き」は北京ダックにも劣らぬ程のパリパリ感が堪らなかった!

最後の締めは、贅沢にもカラスミをたっぷり使った「カラスミチャーハン」を頂く。

人として生まれて来た事に感謝・感激した瞬間だった…。

今回は合計4300元(約17200円)とかなり贅沢な晩餐でございました。

プルプルやらシャキシャキやらパリパリを堪能後、いざ夜の街にくり出そうと退店しようとするも大事件発覚!

なんと、誠の携帯が紛失してしまったのだ!

最初こそ余裕ぶって椅子の周りを探していたものの見つからず、いよいよ本格的に焦りだす誠。

「あっ、タクシーに落としたんだ・・・。」

そう結論づけるも日本と違いレシートを貰うでもなく、タクシー近代化センターがあるでもなくで四面楚歌状態。

店員に聞くも、「タクシーに落としたらほぼ出て来ませんね〜」とあっさり一言。

誠は口では気にしてないと言っているがそんなわけない。

1年かけて収集した情報や友人の連絡先をいっぺんに失うのは尋常じゃない。

とりあえず、近くの警察署に届けを出し状況を見守った。

皆複雑な思いを抱きつつ、とりあえず予定通り「PLUSH」というクラブへ移動し始めた。

しかし、神は誠を見捨てなかった!!

学が駄目元で自分の携帯から電話した所、なんと運ちゃんが出てくれたのだ!

おまけに、私達の目的地まで持って来てくれると言う。

あ〜なんて台湾人は心が温かいんだろう。

台湾で携帯の見つかる奇跡を目の当たりにし、私達は歓喜した!

気分も一新し、いざクラブへ入場するも時間のせいかまだ混んでない。

席も既に予約済みだったので、立ちながらハイネケンを飲む事に。

雨模様だったが13階だけあって、眺望はまずまずだった。

その後、来台初日に知り合った連中も合流し、テキーラボトルの回し飲み大会が始まった。

「おいおい、昨日もテキーラフェスタだったんだから勘弁してよ〜!」という心の叫びはあえなく却下、今宵も再びガンガン浴びる羽目に。

結局、この日も朝まで飲んでしまった…。

ただ納得いかないのは酒の値段で、一杯250元(約1000円)という異常な値段!

そんなイカレた値段設定なのにガブガブ酒を飲んだ自分にも若干呆れ気味。

うん、明日こそ自分を裏切らない飲み方をしよう!

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2007/06/05

台湾紀行⑩「美しい国日本」

「滞在10日目」

今朝は学の実質一日目という事もあり、市内観光からスタートした。

来台わずか10日目の私がガイドをやる事自体、かなり笑える。

「行きたい所は?」と尋ねると、「どこでもええで〜(彼は生粋の大阪人!)」とガッツの無い答えが返って来たので、「シェフのお任せ」ならぬ「竜汰のお任せツアー」を決行!

最初に、良くも悪くもインパクトのある蒋介石のメモリアルパーク、「中正紀念堂」へ。

相変わらず不敵な笑みを浮かべている彼に少し複雑な思いになりながらも、前回見逃した紀念堂の一階部分にある「紀念ルーム」に行ってみた。

ここには、当時彼が執務に使用していた物品や書籍などを展示している他、肖像画や内外から授与された勲章、しまいには公用車の「キャデラック」まであった。

ここで貰ったパンフレットには、

「故蒋介石総統の『質素』な生活の様子がご覧頂けます。」

とあるが、正直ここを見て彼が「質素」な生活をしていたとは到底思えなかった。

退館後、前回ルーローファン(挽肉を醤油で炒めたものをご飯にかけたもの)が激ウマだった「チンフォンルーロウファン」でブランチをし、「二二八紀念館」や「台湾博物館」、「台湾総統府」を駆け足でまわった。

その後、これまた急遽ヤンエグ(表現古っ!)の松平さんが来台する事になったので空港までお出迎え。

松平さん到着後は怒涛の市内観光ツアーを再開し、台北の台所と言われる「ティーホワチエ」→台湾の原宿「シーメンティン」→台湾の東大、台湾大学のある「コンクワン」→小龍包の名店、ティンタイフォンへ行く為に「ヨンカンチエ」→洋服が見たいと言うリクエストに応じるべく新光三越からブランドショップまで揃う「チョンサン」→外国人の高級住宅街「ティエンムー」と鬼のような猛スピードで探索した。

2人の滞在時間がもう少しあれば汗をカキカキ探索出来たのだが、結局オールタクシー移動となってしまったのは残念だった。

さて、そんな怒涛のツアーを終えた一行が向かったのは、台湾料理店「チョウファンカン」。

オーナーが幼少時代暮らしていた炭鉱街をイメージしたという内装は結構お洒落。

値段は少々高い(一品300〜400元=約1200〜1600円)が、味の方は文句無しに美味い!

「アヒルをスモークした和え物」は塩気が効いていて台湾ビールにピッタリだし、「魚(店員は真鯛と言っていたが、明らかに違う!)を揚げたものにチリソースをかけた物」はご飯に最高!

「封肉」といういわゆる「豚の角煮」はトロトロだし、「アワビと野菜のスープ」は醤油ベースで贅沢なものだった。

ただ、なんといっても一番忘れられないのは「パイタンスープの細麺」だ!

上品この上ないスープは鶏と豚をじっくり煮込んで作ったもので、優しい気分になれる一品。

松平さんもこのスープに至極感動したらしく、「学、お前このスープ盗んで東京で店出せよ!」なんていう有様。

ほんに、おいしゅうございました。

これだけ堪能して合計2800元(約11200円)とは驚きだった。

その後、誠の友人「ブライアン」のお誘いで、「チェリー」という体育教師のバースデーに参加する事に。

「ROXY99」という大きめなバーへ行くと週末という事もあってごった返していた。

台湾人はイベントに参加する際、大人数のグループで来る事が多いようだ。

そして友人を通して紹介、また紹介と芋づる式にネットワークを増殖させていく。

日本人のように少人数の身内で遊ぶのとはやや趣向が異なる。

店に着くなりブライアンの奢りでテキーラを5杯お見舞いされ、大至急酔う羽目に…。

その後も順調に酒浸りとなり、「LUXY」という台湾で今一番人気がある大箱クラブへ移動した。

相変わらずパスポートを入念にチェックされ、いざ入場してみると物凄い数の若者が押し寄せていた。

私達はその人混みを掻き分け、フロアーの最前列まで突入した。

そこには、一見日本人と見分けの付かない若者達が所狭しと踊っていた。

一瞬、台湾に来ている事を忘れそうになるぐらいだ。

そんな中、チェリーの後輩で日本語教師をしている「オレンジ」と最近の台湾の若者の話をした。

彼女自身日本に憧れ、大学時代日本語を専攻していた24歳の若者なので、かなりリアルな話を色々聞けた。

私:「なんで日本語勉強したの?」

オ:「日本が好きだから!」

私:「日本のどういう所が好きなの?」

オ:「日本のカルチャー(ファッション、音楽、映画)は凄く格好いいし、日本人は一度目標を持ったら達成するまで諦めないでしょ!」

私:「過去の歴史的な諸問題はあんまり関係ないの?」

オ:「あまりネガティブに考えてないよ。むしろ戦後日本は急激に復興して経済大国になったでしょ?台湾人はそういった部分も含めて、日本人に憧れてんだ!」

現在の台湾では、英語を学ぶか日本語を学ぶか二分するぐらい日本語に対する興味は強いという。

実際、台北の街中には日本語が溢れているし、日本語を話せる人も少なくない。

日本人としては嬉しい反面、「今の私達は果たして彼らが思ってくれているような民族なのかなぁ?」とまたしても複雑な気分になった。

「美しい国日本」

最初はピンと来なかったが、今回の事を踏まえて少し見直してもいい言葉だと思った。

明日からチョッピリ襟を正そうと思う。

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